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from3.5次元to浄土
俺と音盤の対峙一部始終。(text=色即zk)

vol.8

hot rats/frank zappa
世間とやらの欺瞞や偽善を告発し、しかも徹底的に笑い者にすることでその無能ぶりを暴き立てる術。そしてその術を具現化する手段として、悪意に満ちた髭や、性犯罪者そのもののような眼光や、肥大化した合衆国の傲慢をいやらしくも執拗に模倣するアナウンスメント調の下品歌唱などはあるのだが、例えば大半がジャズロック風の即興に終始するこのアルバムを聴けば判るようにザッパのギターソロには弾くというよりもむしろ奏でると云ったほうが相応しいものが大いにあるし、リリカルであるのは云うまでもない。典型的なブルーズ調の曲であるのにザッパの弾くソロには常套句的なフレーズが皆無であるどころか、瞬間瞬間のアイデアがあたかも作曲活動の断片であるかのように奔放に流れ出している。また実際にザッパにとってギターは作曲の為の主要な手段でもあった。このアルバムには名演と云う他のない名演がどっさりと封印されているので、かえって作曲者としてのザッパの特異性をくっきりと浮き彫りにしてもいる。mothers解消後の第1作にも当たり、恐らくは長く続いてきたであろうバンドの面々との愛憎入り混じったなんだかんだが一段落して実は割とすっきりした心境だったのではないか。ザッパの芸術家としての資質がストレートに表出していると俺は思います。仕掛けの少ない分入り易い一枚でもあるゆえ、これからザッパ大陸に踏み入ろうという方々にもお薦め。
shoki shoki/femi kuti
深夜なのにじゃなくて、深夜だから気が済まねーんだよ、って俺の中でフツフツフツフツ沸きまくる何かが俺に「走れ…」と熱い吐息吹きかけて耳打ち。クソ。んじゃ何かもっと生産的な方法はねーのか?ってそりゃアルかも知らねーが俺にゃ基礎的なことしかできねーんだ。だからブッ飛べ俺のチャリ!つって突き抜けろ俺は光になりてーんだ世田道よ…! 駈け抜けて行きつく先は深夜営業してる三茶TSUTAYAだったりするだけなんだがまあ要するに目的地とかゴールとか更に述べりゃ意味すらねーし要らねーんだ走りてえから走るというよりも走らざるを得ねえ気持ちにこそ、たとえ野垂れ死のうとも人にゃ判って貰う気もねえし判り合えるとも思わない俺の内的必然性とか地面との一体感とか、まあ色々あるんだよ。で俺は今、ここに帰って来たんだが、ありがとう三茶TSUTAYAの店員よ…店内で鳴ってたフェミに思わず泣きそうになったのは、突っ走ってきたタイミングの良さもあるんだが何か大事なもの思い出させてくれた気がしたからさ。感謝。フェミに関してはむしろ親父フェラよりも純度高いと俺は思ってる。泣けるのはその所為だし、「未来」垣間見える気がするから。若きアフロビート首領二代目。同世代だしな。俺も負けね−よ日本来るの待ってるぜ二代目。
friction/the soul children
深く濃い歌唱が男女間のやるせない事情を突き付けるのだ。恋と呼べるほど甘い気分は一切聞くことが出来ない。サザン・ソウル史上屈指のこの男女混声グループによって表現されるのは対立や裏切りといったトラブル、もがくほどに深みにはまる自己への苛立ち、下半身にべっとりとからみつく「業」などである。「摩擦」というタイトルに込められているのは性的な暗喩と見るよりも痛みそのものの表現と見るべきだと俺は思う。不倫関係を扱った「I'll be the other woman」がかなりのヒットを記録したという事実にはむしろこの楽曲に共感した当時の男ども女どもの実直さを垣間見る気さえするが、本来「不倫」な行為には何かに背かざるを得ないというつらさや苦しみがつき纏うのはしごく当然ではないか?…決してカジュアル化されることのないリアルな感情の吐露に胸を引き裂かれる。歌唱の素晴らしさについては言うまでもないが構成、楽曲、演奏、全てが完璧。70'sソウルに名盤は多いがこれほどまでに感動を呼ぶ盤は無い。
charlie/melt-banana
高速原チャの趣き。ぶっ飛びてえのは心底パンクであるゆえにむしろ当然の帰結。しかしそれにしても重さとは無縁。やりたい放題だが終始止まぬ全方位攻撃に微塵も悪意すら感じさせぬのだから快感原則も加速されっぱなしで止まれる訳ゃねえよというもの。もはや手のつけようが無いねってほら云った先から斬られた。モーターに巻き込まれ脳ミソが肉片化。血しぶきとか血煙がよく似合うのは近未来調であるばかりでなく劇画風でもあるのだからかよ。さらに速度を上げるためには原動機だけ(しかも5,6個)付いてりゃいいんだろって施しまくる改造。偉業と云うよりもむしろ異形ではあるし、だから荒唐無稽ぶりが無能ぶりを暴き立ててさらにスピードが高まる。車輪すら無くてこれは既に音楽でさえないが、そりゃ素人の云うことだ。そんなものはジャマになるんで捨ててしまったのだよ。はは音楽は跳躍力の証し。飛べ飛べ飛べ。
halfway to a threeway/jim o'rourke
たとえば冬の澄み切った空気やきらきらと降り注ぐ木漏れ日や小川のせせらぎや、その川に架かるつり橋がちょっときしむ様子や、恋人のくすくす笑いや、本当にほんの一瞬だけ交わされたくちづけが汚れぬよう汚れぬよう大切にしまわれた一枚。ギター弦の擦れる音や、歌と歌の合間に漏らされる「ふーっ」としたため息は恐らくは故意に録音されたものでもあろう。苦しさを孕んだ歌声はギターの爪弾きがやがてリズミカルになるにつれ、しだいに胸の高鳴りに変化してゆく。穏やかな心に満ちたまどろみそのもののような世界が辺り一面に広がる。そして男の苦く身勝手な独白で締め括られる4曲。このepは旅先からの絵葉書のようなものかもしれない。

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